
古紙ジャーナルの創刊は1992年でバブル後の動乱期。まだ少しバブルの余韻もあり、創刊に当たって広告掲載を快諾してくれる古紙問屋や製紙メーカーも少なからずあった。
▼創業者は大学を中退した後、上京して業界紙の記者になった。最初に入社した業界紙は紙パルプには縁が無い会社だったが、2社目に応募したのが紙パルプの業界紙だった。しかし他社の面接も受けており、その中には本州製紙(現王子製紙)もあった。本州製紙から採用の連絡が入り、入社の決意を固めていたが、それを聞いた業界紙の社長がすぐに本州製紙に電話を入れ、「本願くんはうちに入るから、おたくは諦めてくれ」と言ったという。それを聞いて、業界紙というのはそこまで影響力があるのかと驚き、業界紙の魅力にはまったという。
▼創業者は13年に病気のため引退したが、息子2人が跡を継ぎ、現地取材と独自の視点による記事作りを継承してきた。そして21年秋、新たなメディアを創刊する。その名もプラジャーナルで、これまで培ってきた経験を活かして新たな分野に進出する。折しも世界的に脱プラ問題が取り上げられ、日本では将来的に製品プラのリサイクルに国を挙げて取り組むことが発表された。乞うご期待。
2026年06月29日
コラム「虎視」
サッカーW杯の日本対スウェーデン戦を現地に観に行くが、米国のリサイクル業者2社への訪問も予定している。
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2026年06月22日
コラム「虎視」
古紙再生促進センターでは、2025年から雑がみの掘り起こし活動として「雑がみさまを探せ!」と題した様々な啓発活[...]
2026年06月22日
ちょっとブレイク
この号が読まれている頃、私は米国の地に降り立っているか、または米国に向かう空の上だろう。以前のコラムで書いたが[...]
2026年06月15日
コラム「虎視」
牛乳パックの回収が世の中に広まったのはもう40年以上前だ。当時は、飲み終わった牛乳パックを製紙原料として使うと[...]