
(藤沢周平コラム続き)
日本加工食品新聞という中堅の業界紙で、ようやく居場所を見つけた。折しも時は高度成長期時代。ソーセージやハム等の加工食品の消費が急激に膨らんでいた時代だった。
昭和35年に入社して昭和49年末に退社するまでの15年間、食肉業界の業界紙で記者・編集を担当していた。昭和30年代~40年代はまさに食肉加工の急成長の時期で、年率12%ほどの成長が続いていた。メーカーの相次ぐ工場新設、新製品の開発、販売網の整備拡大、海外企業との提携、スーパーチェーンの展開増、小売店の販売近代化などが次々と起こっては業界を刺激し、次なる成長を促すという好循環の原動力になっていた。
彼は水を得た魚のように、この急成長の業界で文章を書き始めた。また入社前の昭和34年には、山形の同郷の女性と結婚している。昭和38年2月には長女を授かり、公私ともに順風に見えた矢先、不幸が訪れる。同年10月、妻がガンで早世したのだ。
「人生には思いもかけないことがある。予想もできないところから不意をつかれ、徹頭徹尾叩かれ、負けて、まだ呆然とその跡を眺めている。これまでの人生経験、現在の智力、体力、経済力、そういう全て、自分の頭から足の爪先まで全てを投げ込んだが、結局負けてしまった」という自責の手紙を、同郷の知人に書いている。(不定期で続く)
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