
牛乳パックの回収が世の中に広まったのはもう40年以上前だ。当時は、飲み終わった牛乳パックを製紙原料として使うという発想は全くなかった。この牛乳パック回収運動を発足当初から支援してきたのが生協である。全国に点在する生協の店頭で、牛乳パックの回収ボックスを設置し、「洗って開いて乾かして」を合言葉に店頭回収が行われるようになった。
▼そして生協が最初にリサイクルセンターの運営を始めたのは、04年のパルシステムだった。次いで06年にみやぎ生協、08年からはコープさっぽろが自前でリサイクルセンターを開設。当時、全国の生協の集会で、みやぎ生協やコープさっぽろが事例報告を行った。自前でリサイクルセンターを開設し、障がい者を雇用した事業モデルを紹介したことで、後に全国に拡がったと言われている。またその際に古紙ポイント回収システムの紹介も行われたので、導入する店舗もあった。
▼古くは生協を通じて牛乳パックの回収が拡がり、容リ法以降は飲料容器や食品トレーの店頭回収が浸透。そして10年代からは、配布しているカタログを回収して、リサイクルセンターで中間処理を行うケースが増えた。また近年は、古着や様々なリユース品を再資源化する施設も増えている。
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