2018年9月3日 オピニオン » 1293号

コラム「虎視」

コラム「虎視」

 古紙が大幅に余剰した90年代、全国でちり紙交換業者が生き残ったのは、関西圏と石川県だけだと言われている。関西圏で生き残ったのは、行政回収の未実施や、集団回収の浸透の遅れが主な理由。関西圏の主な理由が回収方式にあるのに対し、石川県は納入方式にある。

▼石川県の加賀製紙は1915年創業で、黄板紙・チップボール・白板紙・紙管原紙等を年間3万3000トン生産している。同社は以前から、バラもの古紙の納入を受け入れている。これが石川県でちり紙交換業者が生き残った理由ではと推測する。石川県のちり紙交換業者は、古紙問屋のヤードの他に、直接製紙メーカーに行って荷下ろしも行っていた。当時はダンプにばら積みで納入する業者も多かったという。

▼また込雑誌という加賀製紙特有の品目があることも付け加える。これは新聞と雑誌が混じって入っているものだが、メーカーとしては逆に使い勝手が良いということで、このような品目を設け、価格は新聞と雑誌の中間に設定していた。古紙余剰時代、雑誌は逆有償化したが、その時でも新聞はキロ7円だったので、込雑誌は中間のキロ3~4円。結果的にこれが業者を買い支えることになり、離散せずに済んだと言えるだろう。

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