
25年4月にレンゴーが子会社化した新光㈱は、大手アパレルメーカーでセレクトショップを展開するビームスグループの製函事業を担ってきた。その理由は、この新光こそがビームスの生みの親だからである。
戦後、東京都新宿区で段ボール工場の新光紙器製作所が設立された。高度成長の後押しもあって経営は軌道に乗っていたが、オイルショックの混乱で経営が悪化した。そんな折、新光紙器の創業者である設楽悦三氏が、息子の洋氏に「若者向けのファッション店を開店しないか」と持ち掛けたのがきっかけである。
既に設楽洋氏は電通に入社していたが、二足の草鞋でファッション店のビームスを手伝うことになった。しかし父の病気を機に電通を辞め、新光とビームスを受け継ぐことになった。ちなみにビームスという名前は、新光の光から取って名付けたという。
ビームスが成長した背景には雑誌とのコラボがあった。発刊したばかりのポパイの紙面で、セレクトショップであるビームスの買い付けた商品を紹介し、それがファッションの流行を作り出し、雑誌も店舗も潤うという好循環を作った。
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