
18歳の時に東京に出稼ぎに行き、新橋の居酒屋で約2年間、住み込み社員として働いていたことがあった。そこで一番驚いたのは、外国人の従業員が多いことだった。席数が200席ほどの割と広い居酒屋で従業員が多かったが、外国人が15人ほどいた。
▼ミャンマー人が7~8人、他に中国人が4人、タイ人やモンゴル人が働いていた。ミャンマー人は家賃の安い西川口あたりのアパートを借りて、家賃を節約するために3~4人で共同生活をしていた。一度遊びに行ったことがあったが、よくこんな不衛生な部屋で生活しているなと感じた。外国人の時給は800~900円だったが、タフな者は1日16時間働き、せっせと貯金をして母国に送金していた。「5年働いて1000万円貯め、帰国して両親と自分の家を建てる」と夢を語っていた。
▼そんな時代もあったが、現在は外国人の労働環境も当時と比べると恵まれている。日本人よりは低いが、それなりの給与は貰えるようになった。今回取り上げた飯田紙業は、新聞販売店の残紙や販売店回収で集めた新聞古紙をメインに扱ってきた。新聞配達員は以前から外国人雇用が多い。また人材派遣業を始めたことで、外国人雇用のニーズの多さに気付いたという。
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