
懇意にしている古紙業者からこんな依頼を受けた。「息子が大学の卒論で古紙回収の変遷をテーマにしているので協力してほしい」。
▼高度成長期やオイルショックの時代は、家庭系古紙の回収はちり紙交換が全盛だった。しかしその当時、ちり紙交換業者が全国に何社くらいあり、1社あたりどれくらいの回収量で、どれくらいの売上があったかということや、家庭系古紙回収におけるちり紙交換の比率はどれくらいだったか等の具体的なデータはない。推定をするにもほとんどデータがないので、かなり困難である。ちなみにちり紙交換はその名の通り、家庭から古紙を回収してちり紙と交換する業者。当初はちり紙だったが、すぐにトイレットペーパーに変わった。
▼東京協組や東資協の組合史によると、ちり紙交換は60年代に現れた。発祥は東京とも横浜とも名古屋とも言われている。その後関西と北陸では生き残っていたが、近年は関西でも見なくなった。業態は一人親方の流し方式と、建場(タテバ)が囲って組織的に行う方式がある。タテバは古紙や資源物を一旦集約して問屋に販売し、問屋は製紙会社に納入する。いわばタテバは代納問屋、問屋は直納問屋の役割を持つ。ちり交の人員や車両を管理するのはタテバの役割であった。
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