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【㈱九十九紙源センター 椋野顯成 取締役会長インタビュー】
波瀾万丈の幼少期、四十八歳で古紙回収業に
二度の鬱病を乗り越え、社業の発展に尽くす

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2017年1月9日 1212号

椋野 顯成(むくの けんせい)略歴 ㈱九十九紙源センター取締役会長。昭和11年3月31日福岡県粕屋郡志免町生まれ。現在80歳。

 長崎県佐世保市に本社を置く㈱九十九紙源センター。現在古紙ヤードを七ヵ所、古紙関連会社の拠点を七ヵ所、古布関連の営業所を九ヵ所、計二十三ヵ所の営業所・拠点を構えている。この九十九紙源センターの礎を築いて発展させたのが、同社の創業者である椋野顯成取締役会長である。他の古紙問屋と同様、創業者の苦労は並大抵のものではないが、椋野会長はその中でも人一倍、波瀾万丈の人生を歩んできた。
 今回、数時間に及ぶインタビューで、生い立ちから幼少期の苦労話、古紙回収業を始めてからの会社の歴史、人生の教訓、自身も陥った鬱病のこと、障がい者施設のこと、古布事業のこと、今後のビジョン等を語ってもらった。八十歳になっても事業意欲や好奇心は色あせることがない。氏の体験や生きざまから、時代を築いた同世代の経営者、今後の業界を司る次世代の経営者へのメッセージとなれば幸いである。

会社概要

 昭和五十八年五月、佐世保市吉岡町に古紙問屋九十九集荷センターを開業。平成二年に有限会社九十九紙源センター、平成六年に株式会社九十九紙源センターを設立した。平成八年に壱岐営業所、平成十年にグロウ・イーグル設立、平成十五年に長崎営業所、平成十六年に諫早営業所を開設。平成二十年に福岡県直方市にリソースプラザ、平成二十四年に八女営業所を開設し、古紙ヤードとしては七ヵ所体制を築いている。また古布関連では、グロウ・イーグルの本社ヤードで古布の扱いを開始。平成十六年からムックハウスとして古着販売店の展開を開始し、現在九ヵ所に店舗を拡げている。

会社名の由来

 会社名の九十九の由来は、佐世保に面した島がおよそ九十九島あることで、佐世保の地域に根ざした社名として命名した。佐世保の地で命がけでこの商売をやっていくという決意が込められている。商売の成功の秘訣は、良い時はとことんやる。悪い時はすぐに引く。損をしてもすぐに引くという割り切りも大事だと話す。

生い立ちや幼少の頃のことを振り返ってください

 「昭和十一年三月三十一日に福岡県糟屋郡志免町の炭鉱の町で生まれた。四歳になった頃に両親ともに結核を患う。当時、結核は死の病と言われており、強制的に隔離された。その影響で、私は祖母の『キタばあちゃん』に物心が付くまで育てられた。」
 「祖母は下女中で働きながら、父と私の面倒を見てくれた。毎朝私を一里半(約六キロ)連れ歩かされ、足が痛くて泣く私に対して『ケンが泣かんでお利口にしていれば、神様が五厘玉(飴玉)をくれる』と言ってなだめてくれた。母も結核で隔離されていたため、私は祖母を母と思い込んで七歳まで過ごした。」
 「しかしある日、知らないおじさんとおばさんが家に来て、祖母も一緒にその家に行こうと言われてバスに乗ったが、祖母は『忘れ物があるからケンは先に行ってくれ』と言われた。私はただただ泣き叫んだ。祖母は両親と私を食べさせることができず、私のことを思って養子に出したのだった。しかし養子先では毎日ご馳走が出されたが泣いてばかりで、毎日『母ちゃん(祖母)のところへ帰りたい』とご飯も喉に通らずに言っていたので、養子先の父母も諦めて、祖母の元へと帰してくれた。嬉しくて言葉が出なくなるほどの心境だった。」

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